まんだりん 面白話 |
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2006年11月
第六十話
翻訳の難しさ
先ごろの中国の発表によると、08年北京オリンピックのマスコット(中国語では「吉祥物」と言います)「福娃」の英語訳は「Friendlies」から「Fuwa」に変わったそうです。
「Fuwa」(フーワー)は中国語「福娃」の発音を移したものです。
中国では欧米のものを中国語に訳したり、中国のものを英語に訳す時、その意味を元に翻訳するのが普通です。例えば「television」は「電視機」。逆に「万里長城」なら「The Great Wall」のように置き換えます。日本語の片仮名のように、外来語を音で翻訳することはめったにありません。今度のマスコットは去年11月にパンダをモチーフにして生まれた5種類のキュートな「福娃」です。
発表後、その英語名はずっと「親善試合」の意味の「Friendlies」が使われてきましたが、翻訳者の間ではこの訳名に対して様々な異論が出されていました。主な反対意見は、「friendlies」の発音は「friendless」(友人なし)に酷似しているとか、「friend」(友人)+「lies」(うそ)のように聞える恐れがある、などでした。そのため、発音が非常に似た「Forworld」「Forwards」を提案した有識者もいましたが、当局は思いきって、中国語のローマ字表記の「Fuwa」に変更することを決めたわけです。
文化的なものの翻訳がこれほど難しいことはもう一つの事例を思い出させてくれました。少し前に、シンガポールの華文紙で中国文化の代表的なシンボル「龍」の英語訳が「dragon」でいいかどうかについても論争が起きました。多くの中国人はこの訳に何の疑問もなく、欧米人が正確に理解してくれていると思っています。ところが、よく辞書を調べれば、「ドラゴン」は、「ヨーロッパにおける架空の動物、翼と爪を持ち、火を吹く巨大な爬虫類とされる。邪悪の象徴とされることが多い」(辞林より)、「龍」は、「想像上の動物、平常は水に住み、時に空に昇ると、風雲を起こす。
中国ではめでたい動物として天子になぞらえ、インドでは仏法を守護するものとされる」(同上)とありました。形が似ていても、象徴的な意味、文化的な意味がずいぶん違うのがはっきりしています。ヨーロッパでは「悪」のイメージ、中国では「吉」「プライド」(中国人はよく「龍の子孫」と自称する)のイメージ、というわけです。そのため、ある学者は次のように提案しました。
「ドラゴン」を「独拉根」と中国語音訳し、「西洋神話の中にある翼持ちの恐怖巨獣」と解釈し、「龍」を「Loong」と英語訳し、「アジア人が、各種動物の合体した吉祥物として崇拝してきた架空の動物」と解釈します。ここでも「龍」を、「Loong」に音訳することを提唱しています。無難な方法でしょう。
一方、同じ漢字を使っている中国語と日本語の対訳においては違う悩みが出てくるものです。例えば相撲用語の「手刀を切る」の中国語訳や、「酒令」の日本語訳を依頼された時、すごく頭を痛めたことをまだ覚えています。これらも音訳できればなあと思いました。
中国語とマンダリン
中国は国土が960万平方キロ、日本の約26倍の広さで、ヨーロッパがすっぽり入る面積です。したがって、地方ごとに「方言」があり、その発音はまったく違います。ヨーロッパでドイツ語とイタリア語が違うように、たとえば北京の人と上海の人とでは、通訳がないと会話が成り立ちません。
そこで、コミュニケーション用の共通語が必要になります。こうして定められた言葉が「マンダリン」です。大陸では「普通語」といい、「普」遍的に「通」用するという意味です。
したがって、「マンダリン」あるいは「普通語」は、中国人および華人の共通言語で、外国人からは「標準中国語」と呼ばれています。
葛珠慧(ガー・チュイフィー)先生
星日外国語学院院長、シンガポール大学(NUS)・南洋理工大学(NTU)日本語非常勤講師。元CCTV(中国国家テレビ局)国際部キャスター
長年シンガポール大学の日本語講師を務められている葛先生は、上海のご出身(現在はシンガポール国籍を取得されています)。ご主人ともども日本留学経験のある親日家です。
超大国アメリカが同時多発テロに見舞われ、ほとんどの国が経済不況に陥っているなか、中国だけが8年連続でGNPを8%以上増加させ、APECの上海開催、WTO加盟、2008年の北京オリンピックなど元気ぶりが目立ちます。
駐在されている方々も、中国への出張や転勤が増えています。また、長年滞在していても、マンダリンができないために不自由を感じておられる方が大勢おられます。この連載を通じて、ぜひマンダリンに親しんでください。