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国際医療奉仕団
ジャパンハート

吉岡医師と看護師 現場での戦い
このページは、国際医療奉仕団ジャパンハートの、代表吉岡医師と看護師のブログのハイライトを紹介しています。
必ずしも掲載順にはなっておりませんので、ご了承ください。
ただしブログへの掲載日は表示します。

発展途上国の子供を救え!
小児外科医吉岡秀人の戦い
看護師初めての国際協力
-minmin便り
国際医療を目指す人へ
国際医療を目指す人へーここへ来る人たちへ
ここに見学やボランティアにきたいという人たちに言っておきたいことがあります。
ここは私たちの生活の場であり、仕事場であり、なをかつ人生修養の場として機能していると言うことです。
ですから、ここへ訪れたい人は本気に道を求める人や他人のために役に立ちたいと思っている人だけ来てもらいたいと思っています。
少し覗きに来るのは、私にとっては自分の家を少し覗きに来られているようなもので、ここで人生の一部を賭して働く他の日本人たちにも決して気持ちのいい事ではないということです。
あなたがもし家をも知らない私の家を訪ねるとしたら、どのように礼儀を払い、身なりを整え、心を砕くかは自ずと分かるはずだと思います。
私はそれを当たり前だと思っていますが、どうでしょか?
自分の都合だけでなく、まずは相手方のことを考えることが、ボランテャアの基本だし、それが出来なければ人のためにも生きることは難しいことだと思います。独善でやったことは必ず違う問題を起こします。
ここへ来られる方々は、どうか本気になったときがその最適な時期です。その時期までお待ちください。
2006-01-31 18:2
淡々とやる
淡々とやる
日々淡々と周りに惑わされずにやっていくことの大切さを感じています。
先日、私がいない間にイタリアで働くミャンマー人医師がやってきたそうです。首都ヤンゴンで一番大きい外資系の病院で手術室を見学し、この慈善病院へもその後やってきました。
そしてこの病院を見た後こういったそうです。「向こうは天国、こちらは地獄」。
とうちのスタッフが言っていました。
私はスタッフ達に次のように言ったのです。
もし私達が日本と同じレベルの医療機材や資材を持ち込み、この病院を改造したらどうなるかを考えて下さい。それはここに突出した医療施設をつくり、しかもどこよりも安い値段で医療を提供してごらん。たちどころにお金もあるミャンマー人も無いミャンマー人も集まってくるでしょう。しかし、必ずや周りとのバランスを崩し、私達はここから撤退するような羽目になる。そんなこと歴史が証明している。1週間程度や1月程度なら問題にならないかもしれない。しかしずっとやっていくということは、うまくバランスをとるという作業が必要になってくるのだ。
私達はたとえお金でいいものをこの国に持ち込む力があっても、それをしてはいけないのだ。あくまでもこの国の、しかもこの地域のレベルに合し、この地域の医者や病院が許す範囲のレベルに留めるという意識が必要だと思う。
その考えが気に食わない人たちは、自分達でここに来てやればいい。
でも見てごらん、今まで色々言っていた人たちでここに来て住み、何年も続けてやっていく覚悟があった人が一人でもいましたか?
色々言う人たちはいます。しかし私達は私達の考えが会ってそうしているということを理解し得ないのだと思う。私達はただ自分が正しいと思うことを淡々とこなしていけばいい。
長期的展望でやるということはそういうことなのだと。
2006-01-29 12:27
どのような形の組織を創るのかー母系型組織を創る
母系型組織を創る
どんのような型の組織を創るかと良く考えます。
そんなこと考えた事もないような組織のトップも多いと思います。
しかし、考えなくても知らず知らずにある型になっています。
それはたとえ組織の長が男でも女でも、男系型組織構造です。
日本という国柄、その文化背景を思ったとき、やはり私は母系型組織こそ次の組織の形だと思うようになりました。日本の女性達のポテンシャルの高さ、そして時代が押し出す女性の力、それを考えた時、あるいは感じた時、そのようにすべきなのだと思うに至りました。
今、多くの若き世代がココに集い始めています。
このジャパンハートは必ずや多くの男系組織を質で超えていきます。
そのようなことはここに居て多くの若き世代に接していると当たり前に思えてきますし、完全なイメージも涌いてきます。後は現実が追いかけてくると思います。
そして多くの若いエネルギーがここから巣立ち様々なところで活躍する日が楽しみです。
そのための道を造って生きたい、そう思っています。
2006/1/26 12:59
国際医療を行うということ
国際医療を行うということ
国際医療を行うことについての私の考えがあります。
多くの方々が、ここへ将来国際医療を志しやって来ます。
私はよく言うのです、「2年で正しいことが、10年で見たら正しいとは限らない」
また、
「自分のやっていることにピークを作ることは、やがて終焉を生む」
と。
私はよく、今の状況を次のように例えます。
私はこの国際医療という頂なき山を生涯上り続ける一登山者です。
もし、私が人生の中でたった2年間上るだけならば、もっとペールを早めよう、今日少しでも上に登ろうと考えるかもしれません。しかし、生涯登り続けるならば、ペースを乱さず、ゆっくり楽しみながら登りたいと考えるはずです。時には岩に腰掛け、野辺の花に心を動かし、鳥のさえずりに耳を澄まし、碧く美しい空に心を奪われることでしょう。
それは、ひとことで言うならば、今を楽しむ、ということになります。
そして先を急がないことでしょう。なんせ終わりなき旅をしているのですから。
そのような視点があるから、10年や30年の時間軸の中で物事を捉え、そして医療を展開できます。基本的に、私は数週間や1年程度、国際医療をした人と、私自身は表面的に同じことをしていても、全く違った世界に住んでいるし、違った考えや感じ方をしていると思っています。
ですから、ここへ道を求めてくる多くの人に、私のようにできなくてもこの1年だけと思わず、生涯、何らかの形で関わり続けたほうがいいといっています。
そうすれば、少しでも見えない世界が見えてきます。
それを見なければ、このようなことをする意味は半減するとお思います。
2006-01-21 15:42
未来のこと
未来のこと
時折、ジャパンハートの未来のことを考えます。
10年後にも、この組織は残っているのだろうかと。
私は世の中に偶然はないと信じています。
善因善果・悪因悪果であると。どんなことが起こっても、全部自分の蒔いた種だと認識しています。ですから、人のせいにはしません。
いつも、ジャパンハートはなぜ生まれたのだろうかと考えます。それには必ず理由があるはずだと。
はっきりしたことはわかりませんが、この組織を創ることが、そしてジャパンハートという組織を使って世の中のために働らくことが、私に与えられている天命なのだと認識しています。
極端な言い方に聞こえるかもしれませんが、この組織は神仏の造ったものであるから、尊いし人の力では壊せないと考えています。また、どのような人や動植物でも皆神仏のつくったものであると。ですからそれぞれに尊いのだと。それが私が他者に接するときの基本のバックグラウンドになっています。
しかし、私はキリスト教徒ではありませんから、今やっていることは神様のミッションとしてやっているとは考えません。
もちろん自分がやりたいからしているのですが、大きな宇宙のその無数の絡み合う縁のなかで、多分私がそのように動かされているのかもしれません。知らず知らずのうちに私はそのように、因果の中で動いてしまっているのだと考えます。しかし、神仏は私には何も強制はしてきません。そこ、ここに注ぐ太陽のごとく、当たり前に、ごく当たり前にそこにあるだけです。
私は、自分の意思でやりたいと思い、誰にもほめられたいとも思わず、お金も何とかやっていけるだけあればいいと思い、淡々と動いています。
ただそれだけです。
そのため、お金も積極的に集めてはいません。ですが、活動するに足りるだけのお金は自然と集まってきます。ですから、私はそのために誰にも媚びなくても済んでいます。
こんな不況の時代になんと幸せなことだと思います。
多分、ジャパンハートは過不足無く、すべてが回っていくはずです。それが天の采配だと思います。もし、何でも足りなかったり余ったりすれば、組織に澱みがあると考えます。強いてはそれは私自身の澱みなのだと。
2006/1/16 2:15
 故障した滅菌器
滅菌という問題
ココに来て、治療を始めて、特に手術をする場合、最も問題となる事柄の1つに、手術道具や手術資材の滅菌があります。昨年、この病院の滅菌器で消毒をしていた時期、術後の感染が50%以上になり、大変な目に遭いました。原因を突き止めていくと、やはりその滅菌装置に行き当たり、結局昔のようなお湯を沸かし滅菌するように、滅菌方法を変えた結果、感染がなくなりました。
それから寄付のお金で、新しい滅菌器を買い、ようやく落ち着きました。
ところがこの滅菌器は中国製で、どうも連続使用に耐えられないらしく、水もこまめに入れ替える必要もあり、なかなか厄介で、とうとう先日壊れてしまいました。
そして再び、昔のようなお湯を沸かした滅菌に逆戻りしてしまいました。
この国では一度壊れると、日本のように早くは修理してはくれません。ひどい時は1年以上かかってようやく戻ってきます。今回もすでに1月以上経って戻ってきません。
何から何までゆっくり進んで行きます。
日本の医者や看護婦にとって、この様な時間感覚と医療環境の違いが大きなハードルになっています。
2006/1/8 21:18
時を早める
時を早める
ジャパンハートは今年で設立3年目になります。
日本に本物の医療ボランティア組織を創ると決意してはじめてからあっという間に時間が過ぎました。事は全てスムーズに進むわけではありませんが、徐々に私たちと合う組織や人々がどのようなものなのかが少しづつ分かってきました。
海水と淡水に棲む魚が同じでないように、なかなか上手く違う性質の水にはなじめないと最近つくづく思っています。これからどのような性質の、どの程度の純度の水の中でどのように生きていくかをもっと突き詰めて考えていきたいと思っています。
時を早める
ということを最近はよく考えます。
人間でいうと成長を早める。
店でいうとテンポ拡大や商品開発を前倒ししてスピードアップする。
ということだと思います。
私たちの組織ではどのようにしたら成長を早める事が出来るのか。
私はジャパンハートという組織の成長を早める手段を今年は採用する予定です。
この組織に今年どのような変化を持ち込んだかを知ってもらえば、その手法が分かります。
人間でいうと成長を早める。
店でいうとテンポ拡大や商品開発を前倒ししてスピードアップする。
というようなことも私には手法的に可能です。
生物も無生物、否、何がしかの概念すらも基本的には同じように時を早める事は可能なのだということが分かりました。
2006/1/5 14:28
2006年1月10日
小坊主
先日、私たちの住んでいるお寺で小坊主になる儀式がありました
朝からその子供たちはお化粧をし着飾って、親達は皆に食事を振舞っていました
私たちも、朝食をご馳走になりました
そして、写真は午後からの断髪式を撮影したものです
男の子も女の子もツルツルにされていました
これから1週間程、親元を離れてお寺での生活です・・・
小さい子はお母さんに抱かれて大泣き・・・
でも、親は自分の子供の晴れ舞台にとても嬉しそうでした
小坊主には自分で袈裟を着れるようになったら、なれるそうです
だから、ミャンマーの人達に私の子供が大きくなったら小坊主にするためにミャンマーに連れて来いと言われています・・・
うちの子は甘えん坊なので、1週間耐えれるかちょっと不安ですね・・・
まぁ
2006年1月8日
日本に行きまーす♪
私がミャンマー語を少しづつ覚えていっているのと同時に、患者さんたちも少しづつ日本語を覚えてくれたりしています
私が「ミャンマーザガーケッテーノォ(ミャンマー語難しいね)」と言うと、患者さん達は「マケッブー。ジャパンザガーケッテー(難しくないよ。日本語の方が難しいよ)」と言って、いつも言い合っています。
この子は耳の変形の手術をした10歳の男の子
私が消毒や点滴にまわっていると、ずっと後ろに付いてきて色々と手伝ってくれます
そして「痛くないよって日本語ではどう言うの」「ご飯食べた?は何ていうの」などなど質問攻めです
そして1つづつメモをしてしっかり覚えてます
いつも私が病院に行くと「ゴハンタベタ?」手術を終えてお家に帰ろうとしていると「カエルノ?」とすぐに覚えて、ちゃんと日本語を話しています
今度私が日本に帰国するときには、「一緒に日本に行く」と言っています。
こうのともこ☆??
2006年1月7日
ギブスがとれるかな??
火傷の手術を受けた青年です
彼は足の火傷の手術を受けて、退院時にギブスを巻いて帰りました
2月にはギブスをはずせれる予定なのですが、中が濡れたからとやって来ました
そのため今回ギブスを外してみることになり、その時の様子です
いつもギブスを外してくれるのは、ミャンマーの看護師さん
大きなノコギリでゴシゴシと切り、その後にはさみでチョキチョキと切って外します
私も小さい頃にギブスを切った経験があるのですが、足まで切られそうでとっても恐いんですよね・・・
彼は今回外してもらえるかとちょっと期待してたようですが、外した後にもう一度ギブスを巻かれ、後1ヶ月頑張ってもらうこととなりました
可愛そうだったのですが、しっかり治すためにも後1ヶ月頑張って欲しいですね
まぁ
2006年1月6日
ミャンマー料理制覇
私たちの活動しているワッチャには、いつもたくさんのお客さまが来られます
いつも違うメンバーが一時的でも加わる事は、私たちにとって良い刺激になるんです
今日のお客様は、1年半前にワッチャ病院で口唇裂の手術をした患者さん。年末に旦那さんが体調を崩してワッチャ病院に入院したのですが、今はすっかり回復しそのお礼にと、1人でたくさんのお土産を持ってやって来てくれました
今日は家に泊まっていくということで、一緒に晩ごはん作り
せっかくのチャンスなので、ミャンマー料理を教えてもらいながら2人で料理しました
今日の献立は、豆料理と野菜炒めとトマト煮込みの3品
彼女の指示どうりに頑張って料理しました。そこで分かった事は、今日作ったミャンマー料理の味付けは、全部塩と味の素だったんです
「日本人はいっぱい調味料を使いすぎ
ミャンマーは調味料はちょっとしか使わないよ」と教えてくれました。そうだったんだあ・・・って感じです。これで私がミャンマー料理をマスターする日は近いかも知れません
こうのともこ☆
2006年1月4日
夜のお茶会♪
日本への一時帰国からミャンマーに戻ってきて以来、久しぶりに会う人みんなに「ワァー
(太ったね)」と言われています
どうせ適当に言ってるんだ…って思ってたのですが、久しぶりに体重計に乗ってみると2`増えてました
毎日いっぱい食べてるので、このまま太っていくのかなぁとちょっと心配しています
ココでは抗生剤の点滴をしている患者さんは、朝6時と昼2時と夜10時の3回です。朝と昼は大丈夫なんですが、問題は夜最近は停電も多く夜10時には発電機もまわっていません
病院は真っ暗。ロウソクの灯を患者さんの家族に照らしてもらって点滴をします。今はそんな状況にもすっかり慣れました
そのあと点滴が終わるまでは、夜のお茶会
患者さんのベッドのそばで、患者さんの奥さんや他の家族の人たちと一緒にお茶を飲んでます
写真ではフラッシュが光ってしまったので上手く伝わりませんが、ロウソクの明かりのもとでヒソヒソ話をしながら楽しくお茶してます。これでは痩せないと思いながらやめられません
こうのともこ☆
2006年1月3日
take out
今日は、私がミャンマーに来てビックリした事を紹介します
それはミャンマーのtake outの方法です
ミャンマーには、ラペイエという紅茶があるのですが、それを持ち帰る時にはコップではなくビニールの袋に入れてくれるのです
私はこの光景を見てとてもビックリしました
ミャンマーは何を持って帰るにしてもビニール袋なのですご飯も、飲み物も何でもそうです
日本では容器でも色々あるので、それが当たり前になっているけど、無い時代だったらこれが当たり前なんだろうなって思いました
こんな光景を日本では見ることは無いと思うので、紹介しました
他にもビックリする事は沢山あると思うので、日本では経験できないような事をこのミャンマーで、いっぱい経験していきたいと思っています
まぁ
2006年1月2日
ミャンマーネーム
新年明けましておめでとうございます
日本は年明けムード満開だと思いますが、ミャンマーではいつもと何1つ変わらない毎日です
ミャンマーでは生まれた曜日によって名前が決まっています。実は私にもミャンマーネームがあるんです。そのミャンマネームは「Ma Thi Da(マ・ティ・ダ)」
金曜日生まれの人の一般的な名前なんだそうです。日本語を勉強しているミャンマー人の学生さんが名づけてくれました。「冷たい水(cool warter)」と言う意味で、キレイな名前なんだそうです
この名前、自分にぴったりな感じがしてけっこう気に入ってます
「トモコ」という名前はミャンマーの人には呼びにくいようで、いつも「ヨモコ」とか「ノモコ」とか呼ばれています
ミャンマネームだと、みんなすぐに覚えてくれます。今では「Ma Thi Da」と呼ばれると自然に「シーンッ(ハイ)」と返事をするようになりました。
ワッチャ病院で胸の手術をした写真の真ん中の彼女も私と同じ名前彼女も私と同じ金曜日生まれ。金曜日に生まれた人はおしゃべりなんだそうです。確かに彼女はとってもおしゃべりでした
こうのともこ☆??
2006年1月1日
明けましておめでとうございます!
今年は、初めてミャンマーで年越しをしました
と言っても、クリスマスと同様にミャンマーではあまりお正月って感じではありません・・・
だけど、私たちは年越しそば(まるちゃんの緑のたぬきですが・・・)を食べ、朝には、初日の出を見に行き(霧で全く見えませんでしたが・・・)そしてお雑煮を食べました
おせち料理を食べれないのがちょっと寂しいですが、みんな元気にお正月を迎えれたので、よかったんじゃないかな?って思ってます
今年も皆元気で、良い年になりますように・・・
まぁ
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